においが分からない?― 嗅覚低下を東洋医学と鍼灸の視点から考える
初稿 2025年8月18日
最終加筆2026年1月26日
嗅覚低下/においが分からない
「最近、においが分かりにくくなった気がする」
そう感じたことはありませんか。
風邪をひいたあと、アレルギー性鼻炎が長く続いたあと、副鼻腔炎を繰り返したあとなど、きっかけは人それぞれですが、嗅覚の変化は意外と多くの方が経験しています。
もちろん、嗅覚の正確な評価や診断は、耳鼻咽喉科での専門的な検査が必要になります。ここでは診断の話ではなく、鍼灸臨床の立場から「におい」をどう捉えているかについて整理してみたいと思います。
(一)東洋医学から見た「におい」と嗅覚
東洋医学の臓腑理論では、「におい」に関わる臓腑として、主に
• 肺
• 心
• 大腸
が挙げられます。
まず「肺」について
まず「肺」です。
東洋医学でいう肺は、単なる呼吸器ではなく、「気を取り入れ、全身に巡らせる」働きを担う存在です。鼻は呼吸器の入口でもありますから、嗅覚と肺の関係は、現代医学的に考えても比較的イメージしやすいかもしれません。
次に「心」について
次に「心」です。
東洋医学の心は、精神活動や意識、感覚の統合と深く関わる臓腑で、現代医学でいえば脳機能に近い役割も担います。においを「感じる」「認識する」という過程には中枢の働きが必要ですから、ここも大きな関与があると考えます。
そして「大腸」という視点
そして、少し意外に感じられるかもしれないのが「大腸」です。
東洋医学では、肺と大腸は「表裏関係」にあり、互いに影響し合う関係とされています。そのため、肺に関係する症状を考える際には、大腸の状態も同時に考慮します。この考え方は現代医学にはほとんど見られないため、東洋医学特有の視点と言えるでしょう。
臓腑理論の観点では、これらの臓腑に不具合が生じることで、においが分かりづらくなるケースが多いと捉えています。臨床では、まずこれらの臓腑の状態を丁寧にチェックし、問題の見られるところに対して治療を組み立てていきます。
(二)経絡から見た「鼻」と嗅覚
次に、経絡理論の視点です。
鼻の周囲を走行する主な経絡としては、
• 督脈
• 大腸経
• 胃経
が挙げられます。
経絡は、気血が全身を巡るルートと考えられています。身体の各器官は、気血が十分に巡ることで、本来の機能を発揮するとされます。
つまり、鼻を巡る経絡の流れに滞りや偏りが生じると、鼻の機能そのものが十分に働かなくなり、その結果として嗅覚の低下や違和感が現れる、という捉え方です。
臨床では、これらの経絡のどこに流れの悪さがあるのかを確認し、問題のある部位に対して施術を行います。「鼻そのもの」だけでなく、経絡全体の流れを見ながら調整していく点が、鍼灸的な特徴でもあります。
(三)大極理論における力の配分と嗅覚
もう一つ、別の視点として大極理論があります。
大極理論では、上半身は「程よく力が抜けている状態」が望ましいと考えます。これを「上虚」や「頭寒」と表現することもあります。
ところが、本来抜けている方が良いはずの力が、抜けすぎてしまったり、逆に無駄に入りすぎてしまうと、その部位に不調が生じやすくなります。もし、そのアンバランスが鼻の周囲で起これば、嗅覚に影響が出ることも十分に考えられます。
そこで臨床では、
本来力が入っているべき部位――「下実」「足熱」と表現されることもありますが、そうした部位にきちんと力が入っているかどうかを確認します。力が不足しているところを見つけ、そこが働きやすくなるよう調整していくことで、上半身の過剰な緊張や、逆に抜けすぎた状態が改善されていくことがあります。
(四)臨床ではどのように考え治療するのか
実際の臨床では、「嗅覚に効く」と経験的に知られているポイントから施術を組み立てることも多くあります。しかし、それだけで終わらせるのではなく、
• どの臓腑が関与しているのか
• どの経絡の流れが影響しているのか
• 全身の力の配分はどうなっているのか
といった視点を重ね合わせながら、治療を進めていきます。
「においが分からない」という一見すると局所的な症状も、こうして見ていくと、身体全体の状態と深くつながっていることが分かります。鍼灸では、そのつながりをほどきながら、少しずつ本来の感覚が働きやすい状態を目指していきます。